自然体ってネガティブを認めることかも?

たぶん僕は、もともと、

・消極的
・内向的
・引っ込み思案

と親からも言われる、とてもネガティブな性格だと思うんですが、それがダメなことだと思って、何でもポジティブに考えようと頑張っていた時期があります。

でも、正直、無理にポジティブであろうとしても、いいことなんか何もなかったです。

ポジティブに考えようとすればするほど、それを継続することがストレスになり、それ以前はどうでも良いと気にも留めなかったようなことにイライラしました。

そして、周りを巻き込みながら、逆にどんどんネガティブへ落ちていく感じ。

その経験から思ったこと・・・

ネガティブでもいいじゃないか!

そもそも、人間を含めた全ての生き物は、漏れなく「死」という、多くの人が最もネガティブと考えている事象へ向かって生きているわけで。

そして、その「死」が無ければ、つまり、何をしていても永遠に生きるのなら、食べる必要もないし、着る必要もないし、学ぶ必要もないし、進歩する必要もないし、誰かに認められる必要もなく、誰も何一つ頑張る意味がない。

つまり、ネガティブこそが力の源では?とすら感じます。

まずネガティブがあって、それを何とか遠ざけよう克服しようと頑張るエネルギーこそが、生きる力であり、今持っていないものを獲得する力になり、時には今無いものを生み出す力になる。

実際、全ての発明や知恵は、まずネガティブがあり、そのネガティブを何とかしたいと頑張った人がいた結果生まれたものでは?

人は、ネガティブに飲み込まれてしまうと病気になってしまったりもしますが、かと言って、ネガティブの存在を否定して、ポジティブばかり見ていたのでは、何も生まれないかも。

常に自分のすぐそばに多くのネガティブがあるのが当たり前、つまり「自然」で。

その多くのネガティブを自ら認めていることが「自然体」で。

そして、それらのネガティブを少しでも克服しようと動くことが「学び」で。

その結果、あるネガティブを僅かでも遠ざけることに成功することが「進歩」だと感じます。

ネガティブばんざい\(^o^)/

実は、こういう何となく湧いてきた思いみたいなことをFacebookに時々書いてるんですが、最近、アメブロがとてもSNS色が濃くなってきたように思うので、アメブロに書いてみようと思って書いてみました^^

これからもたくさん書くと思いますが、不快に感じたらすみません(_ _)